11.年が変わりました(2016年1月1日~4月30日)
 
 1回忌を迎えることになりましたが,遺骨の供養ができず自宅に置いたままで,遺影に向かって毎日話しかけていました。そして,体調が悪い時には遺影に泣きごとを言う日が続いています。しかし,1年前と比較すると精神的には徐々に強くなってきたと思います。
正月の華やかさには耐えられず遺影(つま)の待ちたる家路急ぎぬ 1月2日
古希となり初正月は人生のカウントダウン始まりとなり 1月2日
願い事効いてもらえぬ初詣二度と行くかと神に誓いし 1月2日
年老いた母と二人の正月は老人社会の見本の如し 1月2日
歳と共体調さらに悪くなり 妻気遣いし時は近けれ 1月2日
過ぎし日に戻りは出来ぬ人生を立ち直るとは如何にすべきか 1月2日
亡き妻の思い立ち切るあらたまの 年の初めとなりそうになし 1月2日
この哀歌一回忌まで妻偲び詠み続けるは女々しきことか 1月2日
妻逝きて相変わらずの世捨て人拾いたくなる楽しさ見えず 1月2日
不知火のデコポン見つけ亡き妻を思い浮かべて目頭潤み 1月5日
我が家での恒例行事減りにけり妻作りたる七草粥も 1月7日
1年の無病息災願いして七草粥を作りし妻逝き 1月7日
初めてのカニシューマイを蒸すだけでうまく出来たと妻に供えし 1月12日
チンよりも蒸気の方がもっちりと仕上がりたるやカニシューマイが 1月12日
居間にいる遺影の妻の顔見れば 未だに此処に生きるがごとし 1月15日
冬の夜の定番汁は粕汁で妻が作りし鮭多き汁 1月16日
妻が逝き心の中にぽっかりと開きし穴に寒風通り 1月17日
散歩にてよく逢う夫婦今日もまた仲良く歩くは羨ましきかな 1月17日
人生を思う存分謳歌して吾を残して妻旅立ちし 1月18日
日々変わるわが心中を知る如く遺影の妻の表情かわる 1月19日
わが妻の腫瘍を治すかも知れぬ”石切さん”を思い出させし 1月21日
神仏に無病息災願いたる妻はガンにて天に召されて 1月21日
夢多き新婚生活始めたる記念日祝う妻はさき逝き 1月26日
わが妻の花嫁姿よみがえる結婚記念日一人で迎えし 1月26日
もし妻が健在なれば今日の日は41回結婚記念日 1月26日
わが妻と最後の外食(しょくじ)冬の雨 冷たき記憶永久に忘れじ 1月26日
二度とない結婚記念日予感して外食求めし妻帰らじに 1月26日
わが妻と比翼連理の生活は40年で幕を閉じたり 1月26日
不安から怒り激しくなりし妻 今は遺影で微笑みており 1月30日
今日もまたエビスビールとケーキ買う 忘れじの妻10月命日 1月31日
妻逝きて始めて食す一人鍋 不味く侘しく二度と買うまじ 1月31日
自らが”お一人さん”になりて後始めて知りし その切なさを 2月1日
亡き妻の最後の手巻き恵方巻 病重くて味覚狂わし 2月3日
例年は妻と食せし恵方巻 あと幾年ぞ一人食すか 2月3日
恵方巻南南東を向いて食べ 遺影の妻にも方角教え 2月3日
体調の良くなき時に妻恋ひて一人暮らしの辛さが増せり 2月7日
土鍋にて初めてお粥炊きし夜 卵をとじて妻に供えし 2月8日
”ただいま”と大声出せど返事なく 遺影の妻に返事を求む 2月9日
懐かしき人との出逢い楽しくて暫し不安を忘れさせたり 2月11日
妻の死がもしなかりせば 若人の我が家訪問具現ならまし 2月11日
妻亡くす吾を気遣い訪れし若き人から情を教わる 2月11日
若人は人情薄きと嘆きしが妻逝きてのち偏見捨てる
 現在も部下だった50代の人もいますが,40代前半の人達が我が家に来てくれたことに対して,”今の若い人は”と言う偏見が少なくなりました。
2月11日
若かりし己が姿を思い出し今の姿の弱さを隠す
 現役時代は突撃ラッパを吹いて,部下を鼓舞していた自分が居ました。
2月11日
元部下に今の弱さを見せまじと空元気にて笑顔を作る
 現役時代と比較すると,非常に私の性格は弱くなっています。それを彼らに見せるのが恥ずかしくて泣きごとは言いませんでした。
2月11日
人は言う”情けは人の為ららず” 情けを感じし来客ありて
 今日我が家に来てくれた人たちは,特別に目をかけた人,人事異動を手助けした人たちでした。
2月11日
亡き妻が残しし湯飲み欠けさせて遺影に向かい”ごめん”と謝する 2月12日
楽しさの余韻大きく寝付けずに己が人生思い起こしし 2月12日
死ぬほどに辛い病と闘って逝きし妻より弱き我なり 2月14日
亡き妻の鍋の料理を思い出し食材集む夫(つま)になりけり 2月16日
吾がために妻が作りし豚しゃぶが最後の鍋になるは思えじ 2月16日
突然に霰が吾を襲い来て家路を急ぐ心を冷やし 2月17日
昨年は再入院を嫌がった妻慰めし悲しき日なりき 2月17日
自宅での最後の食事食べられじ妻を思いて夕餉にうどん 2月17日
昨年の今日は吾が妻自宅でて二度と戻れぬ日となりにけり 2月18日
昨年の今日は独居の生活が始まりたりし寂しき日なり 2月18日
戻れるかもう帰れぬか吾が妻が不安抱きて自宅出でし日 2月18日
無残なる姿になりて帰宅する妻をこのとき考えもせじ 2月18日
冬の夜妻の遺影と牛しゃぶを食する居間に白い湯気が立ち 2月19日
妻逝きて囲める人も居ぬ部屋で一人鍋する吾を遺影(つま)見し 2月19日
時が過ぎ徐々に寂しさ薄らへど憐憫の情減りそうになし 2月21日
亡き妻に話すわが声いつ知らず ほのぼのとして心安らぐ 2月21日
病院で待ち時間苦に怒る吾「イラチなんや」と言いし妻逝き 2月22日
手料理のレシピが一つ増えにけり 一人暮らしに少し慣れしか 2月23日
早々と河津桜が咲き始む去年のそれは記憶にあらじ 2月24日
咲き初めし河津桜に飛来するメジロは群れて互いを守り 2月24日
精神の安定剤がなかりせば吾が生活は如何にならまし 2月26日
究極の危機管理とはボツイチになりたる後にいかに生きるか 2月26日
退院を喜びたるもつかの間で緊急手術落胆増せり 2月27日
もし妻が愛しの自宅(いえ)に帰りせば余命はもっと長くならまし 2月27日
緊急時連絡用の電話機は固定,携帯未だ手元に 2月27日
還り来ぬ妻を偲びて辛くなる月命日は更に寂しや 2月29日
幾たびか妻好みたるお供えと月命日にケーキ求めし 2月29日
妻逝きて大失敗を起こししと思いたくなく落ち込み深し 2月29日
わが妻が健在なればこのような大失敗を起こさなりしか 2月29日
若き日は早くも遠く過ぎ去りて老い深まれど痴呆避けたし 3月1日
短歌詠み日記を書くは吾がための認知防止と気晴らしなりや 3月1日
プライドがわが人生の生甲斐で大失敗に生き恥さらし 3月1日
自宅(いえ)に居る妻の遺影に願いする 義母(はは)と一緒に行ってはこまる 3月2日
絶縁の義母に出逢うは仏なり目も合わせずに挨拶もせじ 3月2日
遊び好きお酒も好きで浪費癖 亡きわが妻も引き継ぎたるや 3月2日
本人は亡くなりしこと判りしか己判らぬ認知症ゆえ 3月2日
鏡中の礼服着たる吾が姿妻逝きてのち更に痩せいき 3月3日
義母の通夜礼服を着る吾を見て古希向えたる老人を知り 3月3日
妻のため買い求めたる礼服を義母の葬儀で2回目に着る 3月3日
弔問の客が少なき通夜の席生前の行希薄な印 3月3日
 高齢になればなるほど この世から忘れ去られる人生なりき 3月3日
痛み無くこの世を去りし認知症 その死に顔に苦しさ見えじ 3月3日
亡くなりて己が娘の死を知るか認知の病幸せなりや 3月3日
わが妻の死を思い出す通夜の席 義母より妻を悲しく思う 3月3日
義母よりも心を込めて送りしと思い起こしし通夜の席 3月3日
亡き人を貶す気持ちはないけれど送り言葉は美化しすぎなり 3月3日
通夜の間頭の中は妻ばかり棺の義母も妻に見えたり 3月3日
通夜の間妻を偲びて短歌詠むかような吾は不謹慎かな 3月3日
吾が妻の無惨な姿焼き付けし16番は火葬の炉番 3月4日
今日もまた自宅の鍵を紛失す己の頼り 無さに涙す 3月5日
あまりにも失敗続く生活に一人暮らしの自信を無くす 3月5日
”もう駄目だ”失敗続き弱音はき遺影の妻に泣き言を言い 3月5日
妻逝きし悪夢の3月来しからは妻亡き悲しさ ぶり返したり 3月5日
亡き妻の遺影に向かう痩せし吾「こんな姿に なってもた」と言い 3月5日
情けない かくもか弱き精神の己惨めに「誰か助けて」 3月5日
人の為社会貢献出来ざれば生きる値打ちは無しと言われし 3月7日
世の中の厄介者にならないと自信を持てし老人居るや 3月7日
めずらしく平穏な日の有難さ吾が精神は平静となる 3月8日
我が家にて話し相手となれるなら遺影の妻と共に生きれる 3月9日
美しき花の命は短くてその散様に吾が妻みたり 3月10日
寒い夜に初めて作りし鍋焼きの うどん不味くて妻に泣きごと 3月11日
震災後五年が経過したりとも悲しみ癒えぬ人が多かり 3月12日
震災と病で妻を亡くすのと悲しさ比較不謹慎なり 3月12日
わが妻の最後看取りしこの吾は 別れ出来しが幸せなりき 3月12日
腹部腫れ自分で切れぬ足の爪 妻の爪切り愛しさ増せり
 あと何回,爪を切ってあげることができるのかと思うと妻への愛しさが増しました。
3月14日
妻余命あと何日と判ってる 振り返りたる過去は辛いぞ 3月14日
不治知らぬ家内の友の励ましに”もう,無理や”と言いたかったぞ 3月15日
手術前弱気になりしわが妻の手を振る姿哀れに記憶す 3月15日
吾が夕餉作ってくれとは言はぬからせめて調理を教えてほしい 3月16日
昨年の今日はわが妻手術日で少し命を長らえたのか 3月16日
昨年のあの日が徐々に近づきて安定剤の服用増せり 3月17日
近況の知らせ口実 親友に電話を入れて同情を乞う 3月18日
吾が心理解が出来る親友の妻は病で床に臥しいる 3月18日
初めての自から作りしすき焼きは思いもよらず美味となりたり 3月18日
未だでも妻の他界を信ぜずに妻待ちたるを生きし訳とす 3月19日
帰らぬと判っていても妻を待つ弱き己が時に現る 3月19日
春近し桜並木の遊歩道蕾ふくらみ妻偲ばせり 3月19日
傷心で寂しく歩く散歩道真っ赤な木瓜がどぎつすぎる 3月19日
(はな)の下集う人たち羨みて心の寒さ体も冷やす 3月21日
亡き妻の手作り弁当携えて桜見物不帰の日となり 3月21日
あわれ妻己が死するを知らざりて見舞いの金を財布に仕舞いし 3月22日
昨年に愛しき妻が死をかくご延命治療拒みし日なり 3月23日
これまでは治ると信じ頑張った不治知りし妻仏になりぬ 3月23日
精神も肉体的にも弱き吾 知りしわが妻退院拒む 3月23日
死に場所を自分で選択できぬ妻 亭主甲斐性が無きがためなり 3月23日
重篤で妻が余命を予知できず黄泉の世界の不安隠せず 3月24日
尚更に”死”と言う言葉封印し なす術なくして妻気遣いて 3月24日
何事もなかったように咲き始じむ庭の桜を妻に見せたや 3月25日
居間にある小さな壺で眠りたる妻に向かいて「桜咲いたで」 3月25日
マッサージ気持ちよいのか眠る妻 あのまま逝けば幸せなりしか 3月25日
延命の治療やめれば急激に妻の容態悪化進みし 3月26日
吾が日記何度読んでも目が滲む去年の桜観ず逝きし妻 3月26日
パッと咲きパッと散りゆく桜花 妻の生き様桜に似たり 3月27日
残された妻との時間共にする体力気力無きわれ思いし 3月27日
自力での食事が出来ぬ妻となり やっと食する薄粥2口 3月28日
始めにて最期に妻に食べさせし粥を思いて夕餉に食す 3月28日
先が無い己が人生悔やみしも感謝の気持ちで合掌しし妻 3月28日
「死にたい」と妻言わしめし苦しさが悲しさとしていま吾責めて 3月29日
己が死を泣きごと言わず受け止めて旅立つ同意求めたりし妻 3月29日
哀れ吾看護師よりも気遣われ 妻を残して病院去りぬ 3月29日
「はい」と言う か細き声が亡き妻の最期に応じし生声となり 3月30日
病重く「はい」とだけしか応じえぬ妻は翌日無言となりし 3月30日
死を覚悟吾への感謝気遣いを女医より聞くも弱き吾がため 3月30日
お互いに感謝の言葉言えぬ性格(たち)照れ屋夫婦の別れは寂し 3月30日
満開の桜愛でずに逝きにし妻 あすは一回忌の祥月命日 3月30日
手を握り見つめる中で呼吸止め 静かに逝きしわが妻なりき 3月31日
逝く妻の眼から涙がこぼれ出て吾に別れを告げにし日なり 3月31日
あの時になぜ「ありがとう」言はなんだ 悔い続けして一回忌となり 3月31日
桜咲く今日は亡き妻一回忌 吾が生活を立て直したし 3月31日
桜より急いで散し亡き妻を思い起こせし満開桜 3月31日
帰らじと判っていても待ち続け1年過ぎしも妻待ちており 3月31日
1年も妻居ぬくらし耐えており寂しさ減るが悲しさ減らず 3月31日
絶対に吾が1年の苦悲のほど理解せし人この世に居らじ 3月31日
亡き妻を偲ぶがごとく降る雨は庭の夜桜冷たく濡らし 4月1日
冷静に妻送りだす準備ししあの日の吾を今日は褒めたや 4月1日
満開の庭の桜を観ず逝きし 妻の供養か花びらが舞う 4月1日
一回忌過ぎても侘しさ消え残る 妻居ぬ日々を如何に過ごさん 4月1日
通夜の夜妻との別れ耐えがたく眠れじ夜も過去となりたり 4月1日
式終えて自宅に帰りし妻遺骨1年経っても別れが出来ず 4月2日
亡き妻が残り香残しし四畳半リホーム済て帰りを待てり 4月3日
妻逝きて1年間で吾は老け 遺影の妻は若いままなり 4月3日
春爛漫妻居ぬ自宅辛くなる 今年も桜満開だから
 桜満開の3月31日に家内が亡くなったからです。
4月4日
病みし妻食が進まず求めたる山椒ちりめん思わず買いし 4月4日
塩分とタンパク制限厳しき吾食事作りき妻に感謝す 4月7日
取り寄せた戸籍謄本妻の欄”除 籍”の記載なぜだか憎い 4月8日
亡き妻の一回忌過ぐ我が家では楽しさ感じぬ生活続き 4月9日
体調の更に悪化は歳のせい それとも妻が先逝きしから 4月9日
桜散り妻逝きてから1年の四季の移ろい感じさせたり 4月10日
妻逝きてはや1年が過ぎたるも心の時間留まっており 4月11日
妻逝きて張や変化のなき暮らし ただ時間のみ高速で過ぐ 4月11日
自らの意思で決めるか死ぬる時期(とき)了解求めて妻は死に行き 4月11日
友からも忘れられしか逝きし妻 趣味の繫がり解けもはやし 4月12日
夕食をせめて人並み食べたいが それを許さぬ腎不全なり 4月12日
吾が妻に余命伝える勇気なし 妻は黙してこの世を去りぬ 4月13日
頼むから帰って来てと願いする 地震頻発心細さに 4月16日
亡き妻の遺影と遺骨いる居間で語りかけして一年過ぎし 4月16日
亡き妻を真似ておにぎり作りたり 鮭の解しは隠し味なり 4月17日
在宅の看護ができじこの吾は度胸も有らぬ卑怯者なり 4月17日
吾が妻の生き方いまも判らぬが思い出させる楽しき日々を 4月19日
失いてしみじみ判るありがたさ遺影の妻は空気とならず
 元気な時は空気のような存在だった妻を失ってから,その有り難さを実感し元気な姿の妻の遺影を見るたびに,私には家内が絶対に必要だと思うようになっています。
4月19日
時として一人暮らしの不安感 顔を見せるは雨の日多し 4月21日
なにをせど無力なりける吾ならば ただひたすら生きるほかなし 4月21日
今年はと桜の花の散りしのち綺麗だったと言いし寂しさ
 すっかり桜の花は散ってしまいました。去年の4月は家内の死により桜を綺麗だと感じる心の余裕はなかったのですが,今年は綺麗な桜を見ることが出来ました。しかし,家内が居ぬ寂しさだけは心に残ったままです。
4月21日
突然に妻いぬ寂しさ蘇る 気分紛らす楽しさ欲しや 4月22日
妻逝きて一人夕餉は淋しいな話せなくても居るだけ楽し 4月22日
人生の記憶が残るわが家にて妻の遺影と共に暮らしし 4月22日
「嫁はんが,死によってん」と応えたる吾が心境を理解できしか 4月22日
夢に出し妻の笑顔が明るくて 目覚めし後の落ち込み深し 4月23日
吾が体気温の変化に伴えず体調崩し初夏近くなり 4月24日
吾が妻が最後を迎えし病院に何度行っても悲しさ巡る 4月25日
他人(ひと)からはセンチメンタルじじいだと言われても吾妻を慈しむ 4月26日
考えて考え抜いた妻気質 やっぱり妻は世界一なり 4月29日
亡き妻の想い出の数星よりも 多く心に仕舞っておきぬ 4月29日
もし吾が今より10年若ければ生きる目標あらましものを 4月30日

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