短歌(もどき)について
 短歌初心者であり,短歌と呼ぶには烏滸がましいかと感じて短歌(もどき)としています。 
 川柳は15年程度前から,時々作成して「気まぐれ日記」にも載せていましたが,短歌は家内が病になってから我流で詠み始めました。自分自身が短歌を詠むのは苦手で(下手で詩情が詠めないが,沢山書き留めていました。)あると判っているのですが,日々の出来事を記録した「気まぐれ日記」にリンクし家内への想いを短歌にしたく勉強しようと思いました。短歌を作るのは日記と同様で,家内を亡くしたことに対して自分自身を慰めるためが大きな理由なのでしょう。でも,短歌を作るには電気技術者(機器設計)である私のような理科系人間より文学的思考が出来る人が,優れているのでしょうか。本音で書いている「気まぐれ日記」のような文章を作る私には相当な努力が必要です。
 短歌の文語は口語に比べて表現の形式が豊富で,微妙な感情を伝える手段として非常に優れていると思い,また韻律との関わりが多くそれを勉強する必要があると思いました。高校時代以来となる文語の勉強をしましたが難しく,作った短歌には文法的な誤りも多々あると思います。従って,私の短歌は口語と文語が入り混じったものとなっています。

・短歌の定型は31文字(みそひともじ),5句であるが絶対条件ではなく破調(字余り,字足らず)も歌意により許容されている。(やむを得ない場合のみ。31文字を守るために,歌が苦しくなったり間延びしたりするから。)
・禁句がある・・・私が良く使う句(悲しい,寂しい等)は禁句とあるのですが,禁句と感じるのは個人の感性ではと思います。家内に先立たれた者でなければ理解できないのです。
・形容詞の使用・・・難しい!
・説明的な短歌は駄目・・・私の短歌は説明的な散文に近い短歌が多いです。短歌の専門家から評価されたら「平凡,陳腐,自己満足」と言われ,”日記に書いておけば済むこと”と書かれるでしょうが,私の短歌は日記を基に作っておりますから。
・慣用語は禁止,俗語は使うな・・・大阪の人間なので”大阪弁”は使用します。
・虚構は駄目・・・私の短歌は日記に基づいた,その日の出来事や心境を詠んでおり,回顧録やエッセイのように亡くなって,日が経ってからから作成していません。通常,過ぎ去った日,亡くなった人を”美化”する傾向にあるので,後日作成する短歌には虚構が存在すると思います。「講釈師見てきたような嘘をつき」に似ているかも。
 
 以上のように,短歌には常識的な決め事があるようで,私の短歌は我流で詠んでいるので”短歌(もどき)”としていますが,亡き妻に捧げる意味では”挽歌”となり,また単なる”散文”かもしれません。通常,短歌には”詞書”と称する短歌を詠んだ時の背景や状況(詩情)を書いて,理解して貰うことがあるのですが,私の場合には短歌とリンク(日付をクリック)した「気まぐれ日記」が詞書にあたります。
 短歌を公開するのは少し憚られますが,この歳になったら恥をかいても良い,短歌を”なりわい”としているのではないと考えて公開しました。