2018年7月17日(火) 医者通いだけ
 睡眠障害が酷くなり,昨夜も寝付けたのは午前3時前でした。そして,今朝は10時過ぎに起きて朝食を摂ったのですが,いつものようにその後居眠りばかりで起床できません。今日は火曜日であり,プールに行って運動したいという気はあるのですが体がついて行かず,結局起床したのは14時前でした。
 
 暫く部屋の掃除をしていないので,黒いテレビ台や黒いパソコンラックに埃が目立つようになり気にしているのです。でも,この暑さも関係して掃除をする気が起こらないのです。現在の私は食事の準備・片付け,入浴・風呂掃除,洗濯が精一杯の家事なのです。このような生活を余儀なくされたのは,先に旅立ってしまった妻が悪いのです。でも,妻は家事(買い物も)が全く出来ない私が気になって,死ぬに死ねずに頑張ったのは私が悪く,可哀想でした。

 1時間もパソコンの前に座っていると腰痛が酷くなるので,16時過ぎに整形外科医院に出かけるために自宅を出ました。これがないと私は引き籠もりなのです。
 今日の大阪市の最高気温は35.8℃となっており,昨日より少し低く暑さはましだと感じました。医院は3日間休みだったので今日は患者が多いだろうと覚悟して行ったのですが,受付番号は9番と予想外に早い番号でした。
 診察待ちで,待合室で待っていると隣にお婆さん(私より若いと思います。65歳を超えると,すべて爺さん婆さんです。)が座り私に話しかけてきました。私は,この医院に通い始めて5年以上経つのですが話しかけられたのは初めてです。いつもは,本を読んだり,音楽を聴いて目をつぶったり,たまにスマホでニュースを読んだりと時間を潰しているのです。

 その人は私に「暑いですね。」と突然言ってきたので,私はお愛想で「梅雨明けしてからの暑さは異常ですね。」と返事したら,その人は「バスに乗って,1時間近くかけて通院しています。」と言いました。この医院の医師は新聞に載ったり,週刊誌に載ったりと割と有名な医師で,タクシーで通っている人もいるぐらいです。
 なお,その人は月に2回この医院に通い,膝にヒアルロン酸の注射をしているそうですが,痛くないとのことです。私は注射が嫌いで,怖いので余計に痛く感じるのでしょうか。

 それにしても,無愛想な私に話しかけてくるとは,よほど今年は暑いのでしょう。私は無愛想でも礼儀は心得ているつもりであり,受付には「こんにちは」と挨拶はするし,何かして貰うと必ず「ありがとう。」と言います。スーパーのレジで支払いを済ませても,「ありがとう。」と言います。
 現役時代は,仕事に狂っていたので無愛想で有名でしたが,働くのを止めて普通に戻りました。今は無愛想ではなく,寡黙なのです。

 今日の1日は病院通いだけでした。
2018年7月16日(月) ウナギ半分
 昨日から軽い腹痛で気持ちが悪いのです。元来,胃腸の弱い私は,夏場になるとクーラー病(腹を冷やすので)で毎年腹痛を起こすようになっています。昨夜は腹痛により食欲が無くなったのですが,食事を摂らないと腎不全が悪化するので直ぐに準備が出来る腎臓食用のハヤシライスと,夏場に食べるものではないと思うのですが絹こし豆腐を湯豆腐としました。
 これだけの侘びしい食事ですが,昨日のタンパク量は31.4g(制限値50g以下)で塩分3.3g(許容値6g以下),エネルギーは1,560kcal(推奨値は1800~2000kcal)でした。

 今日は14時過ぎから守口の京阪百貨店に妻へのお供え,母への手みやげ,実家へのお供えを買うために出かけました。大阪には高温注意報が出ており,体調的に大丈夫かと危惧しながら自宅を出ると1日の内で一番気温が高くなる時間帯だったので36.9℃と日陰を選んで歩いても暑くて堪りません。
 自宅から駅まで約10分歩くのが限界で,電車に乗り百貨店に到着して他の階は考えずに地下の食料品売り場に向かいました。1ヶ月ほど日持ちがする焼き菓子を選び,お供え用には外熨斗をつけて貰っている間に立っていると少し気持ちが悪くなりイライラしました。
 以前も暑い日に食料品売り場で買い物をして,包装して貰っている間に気持ちが悪くなり,エスカレーターで1階に上る途中で倒れた嫌な記憶が蘇りました。貧血だったので,座り込んで頭を低くしていると直りましたが,老人が倒れると救急車を呼ばれるので嫌なのです。

 何とか気持ち悪さも直ったので食料品売り場を歩いていると,沢山のウナギの蒲焼きが並べられており人の列が出来ていました。近所のスーパーでも7月15日は”ウナギの日”?であり,予約受付中となっていましたが,予約してまで食べる気はありませんでした。
 でも,土用の丑の日ではないのに何故でしょう。暑さに負けないために精をつけるのでしょうか。

 人の列を見ると私もウナギの蒲焼きを食べたくなったので,ショーケースの中を覗くと中国産の養殖ウナギが1尾1000円少しで売られていましたが,私に1尾は多すぎるのと産地が怖いのです。
 私は現役時代に中国に10回以上出張しました。衛生状態が悪いので生水は絶対に飲まず,歯磨きもミネラルウォータで行うぐらい注意していたのですが下痢率?は80%近くとなり,トイレを探して泣きそうになった記憶があるのです。なお,台湾や韓国では下痢をしたことがないので,共産国の中国は怖いのです。

 妻も,たまには少量であるがうな丼を作ってくれていましたが,「ウナギは日本産やないとあかん。」と言っていたのは正解ですね。ショーケースの隅には少量ですが国産ウナギの蒲焼きが1尾3,240円で売られていたので買おうかと悩みました。1尾は多すぎるのです。
 すると,隠れるように,そのウナギの半分が1,620円で売られていたので喜んで手に取りました。三河産の養殖ウナギですが,天然物は入手できないのでしょう。

 久しぶりのウナギの蒲焼きですが,半切れでも86gでありタンパク量が多すぎて私には無理なので,妻にもうな丼を作って食べて貰います。
 蒲焼きの加熱は一旦タレを水洗いして落として,水を拭き取り料理酒を大さじ1杯かけてアルミホイルで包んで熱したフライパンに入れて,蒸し上げます。これだけでは寂しいので大根おろしを作りますが,目の細かいおろし金で作るのは面倒です。でも,味が全く違うのでこのおろし金を使用です。

 これだけで,まだまだ続く猛暑を乗り切れるのでしょうか。
 なお,肝心のうな丼は”それなりに”美味しく頂けましたが,何分ウナギ60gでは少なすぎて物足りないです。でも,腎不全の身で贅沢は言えません。
 そして,今日のおまけは不慣れたことをしたので,熱したフライパンに指が触れて火傷して痛いことです。
 
2018年7月15日(日) 夏の夜の花
 昨夜はBS放送伊勢神宮奉納花火大会の中継があったので見ました。夏の花火大会は8月に入ってから多くなるのですが,7月中旬にこのような花火大会があるとは知りませんでした。私は花火の撮影が好きで,テレビ画面を見ながら花火の撮影を考えていました。

 大阪の大きな花火大会は淀川河川敷で行われ,とも一緒に見物(私は撮影)に出かけていました。尺玉の連発時には横にいた妻が「綺麗なあ!」と花火に照らされて笑顔を浮かべていたのを,未だに忘れることが出来ません。また,妻が股関節置換手術で入院中の花火大会には,妻は病室から見たそうですが私は一人で出かけました。
 花火大会に行くのは問題がないのですが,帰りの人手が多いのが苦手です。妻が亡くなった年(2015年)の7月には一人暮らしが寂しいので天神祭の花火撮影に出かけましたが,余りの人手の多さにまともな撮影も出来ず,帰路で人波に押されて死にそうになりました。
 その時,天神祭など老人が行く祭りではなく,その日の日記のタイトルは”二度と行くか!”でした。2016年8月には自転車で淀川河川敷まで出かけて花火の撮影をしましたが,この日も帰路は混雑に巻き込まれました。
 そして,もう花火の撮影も体力的に無理であり,夜自転車に乗るのも怖いので,これからはテレビで楽しむことにします。

 21時過ぎから大学時代の親友と2時間近く電話で話をしました。同じ電気工学科卒業死生観も似ているので話は弾みましたが,彼には殆ど寝たきりですが奥さんが居て,二人の子供が居ることが私と大きな違いです。
 定期的に大学時代の親友と話をして寂しさを紛らわしていますが,彼から「今年の護念会は高野山の宿坊でやるけど,来られる?」と聞かれました。私は「体調的に泊まりは無理だろう。」,「でも,日帰りでみんなの顔を見に行きたいなあ。」と応えましたが,寂しいです。そして,来年は私が同窓会の幹事役となりますが,来年のことは考えないようにしています。

 今日も大阪は36℃超えの猛暑日であり,寝不足もあって居眠りばかりで1日を過ごし,17時前に入浴して残りは夕食だけです。これ以上のことは,今日は書きません。 
 ただ体重の減少が続いており5月16日の入院時に63.5kgあった体重が,今朝は57.8kgとなりました。食事は無理をしても食べていますが,塩分を減らせたのと利尿剤の効果で脚の浮腫はほとんど無くなったのが原因でしょうか。それとも,栄養失調?

暗闇に大輪の花咲かしたる花火のごとく妻は散りにし
淀川の夏を彩どる花火見し隣の妻の笑顔なつかし
あの日見た大輪の花今も未だ忘れえじ君3年待ちぬ

2018年7月14日(土) 温風が吹いていた
 昨夜は一人暮らしが寂しくて夕食後に大学時代の親友に電話を入れました。しかし,電話は通じず21時前にメールで「頼まれて中学生に数学を教えているので,明日電話をします。」と言ってきました。彼は教師を65歳の定年で辞めて,その後も頼まれて教えているようで私と同い年なのに頑張っています。
 今夜は彼と久しぶりの長電話の予定です。

 昨夜は午前1時過ぎに就寝して,起床後に体調がよければの入っている特養に出かける気でいました。しかし,何故だか8時前に目覚めてしまい眠れないので起床して朝食を摂りました。
 そして,今日は子供会に寄付するためのゴミ収集日なので,通販で溜まっている段ボールをまとめて指定場所まで運び,その後寝ころんでテレビを観ていたら眠たくなり13時前まで寝てしまいました。おかげで?,今日も特養には出かけられませんでした。
 16時前からパンや野菜類が無くなったのでスーパーに出かけるために自転車で自宅を出ました。今日の大阪の気温は,昨日の予想通り36.8℃と体温越えの猛暑となり自転車に乗って切る風は”温風”となっていました。
 私の体力からして,このような暑い日には長時間の外出は無理ですね。

 スーパーに入ると弟から電話が入り,弟は母の入っている特養を訪ねていて母は私が3週間近く特養に行っていないので気遣っているとのことで,母に電話を替わり体調を聞かれました。97歳となる母から私の体調を気遣われるようでは駄目で,私の自筆遺言状の必要性がここにあります。
 自宅ではエアコンを入れて部屋を27℃ぐらいにしているので熱中所の心配はありませんが,いろんな病気持ちなので何が起こるか判らないのです。
 母には「体調次第で来週にでも,そっちに行く。」と話をして電話を切りましたが,来週も猛暑が続きそうです。ああ,10年前ならこんな暑さの中でも野鳥撮影に出かけていたのに,駄目ですね。

 スーパーからの帰路で”栄養をつけてやろう”といつもの精肉店に寄りました。スーパーよりも高級な肉が置いてあり,佐賀牛のすき焼き用ロースの最高級を探しましたが,いつもの1500円/100gは置いていなく1300円の肉を150gとしました。私の口には,価格差で肉の味を判断できないのですが,一度に50gしか食べられないので精神的な贅沢を味わいたいのです。
 肉を買ったついでに,カボチャコロッケ1個を揚げて貰って帰宅後におやつ代わりに食べることにしました。肉を買わないと,コロッケ1個(70円)だけを買うことが出来ない気弱(見栄っ張り?)な性格です。
 今夜は久しぶりに牛丼を作り,ジャガイモも購入したので後日肉じゃがも作るつもりですが,台所は暑くその気力があるかです。面倒くさいのも嫌いだしね。
2018年7月13日(金) 忠犬ハチ公
 昨日はすい臓がんに苦しみながら抗ガン剤治療で自宅療養していたころの居間の写真を探して,その荒廃ぶりに今更ながら情けなくなったり,この場所のソファーに妻が座っていたのだと懐かしくなりました。
 そのような写真を見たおかげで,妻のことを思い出して悲しくなり精神状態非常に落ち込みました。歳をとると月日の経つのが非常に早く感じると誰もが言いますが,それは生活に変化が少ないのに月日だけが勝手に過ぎていくからです。
 月日の経つのが早く感じると言うことは,妻が亡くなってもう3年も経過したという時間的感覚がおかしくなり,妻が亡くなったことさえ信用できなくなるのです。

 居間には,遺影ではない妻の写真を飾っており,夜中に写真に向かって「いつ帰ってくるのん?」としばしば言います。私の心の時間は2015年のままなのです。
 忠犬ハチ公(ある年齢層以上の人には説明不要)はの帰宅を10年近く待ったそうなのですが,私はまだ3年しか妻の帰宅を待っていないのです。

 昨夜は精神的な落ち込みが大きく成りすぎて,精神安定剤睡眠導入剤を服用しても眠られず,結局寝付いたのは午前3時半を回っていました。そして,相変わらずの悪夢(仕事の夢ではなかった)と夜間頻尿で熟睡できず10時に起床して朝食を摂ったものの眠くて仕方がないので,今日も13時過ぎまで居眠りです。
 このように,横になっている時間が長くなったので1日が短く,月日の経つのが早いと感じるのですね。

 昨日も引き籠もりにならないように16時前から遊歩道の散歩(約6000歩)を行い適度な汗をかきましたが,今日も16時過ぎに整形外科医院に行くために自宅を出ました。猛暑日寸前の34℃超えの暑い日で,この時間になっても湿度が高くむっとしていました。今年の梅雨明けが早かった分,夏が長いと思うのです。例年大阪は天神祭(7月25日)の頃が一番暑いのですが,明日からの天気予報では37℃の猛暑日予報が出ており,外出は控えないとね。
 そして,この暑い中でも整形外科医院の患者が異常に多く,余りに待ち時間が長いのでマッサージをせずに帰宅しました。

 働いていた頃は変化がありすぎて”狂いそう”いや,狂っていたのですが現在の変化は体調が悪くなるだけで,それ以外は目的もなく生きているだけです。日記に楽しいことや変わったことを書きたいのですが,変化がないのでネタ切れです。でも,この日記は私の生活の記録となっているので,まだ続けないと。

ハチ公は主の帰りを10年まつ 妻まつ吾は未だ3年ぞ
2018年7月12日(木) 頭が下がります
 昨夜(明け方)?にの出てくる夢を見ました。このように母と妻が一緒に出てくる夢は初めての経験であり,内容的には私のわがままな姿がありました。何かの予兆でしょうか,目を覚ますと汗でべっとりでした。エアコンの設定は昼間と同じ28.5℃に設定して,長袖のパジャマとダウンジャケットを着て寝ているのです。あまりに暑いので,温度を28℃に下げて,また寝ました。

 今日は昼から母の入っている特養に出かけようと考えていたのですが,今日も眠たくて湿度が高く蒸し暑いので出かける気力が亡くなり,また寝ました。結局起床できたのは13時を過ぎており,昼食を摂る気もなくなったのでバナナ1本で済ませました。
 テレビの昼間のワイドショーでは,どの放送局も今回の豪雨で被害を受けた道路や自宅の復旧作業の様子が放映されていました。
 そして,今回もボランティアの活躍が映し出されており,泥だらけになりながら,大汗をかいて片づけを手伝っている若者たち頭が下がりました。一方,私は眠たく暑いからと横になり冷房の効いた部屋で居眠りばかりをしているので,何か悪いことをしているような気がしました。

 被災者の方たちは老人が多く,泥水で冠水した自宅の後片づけは一人では絶対に出来ず,手伝いに来たボランティアの方に心から感謝をしていました。もし,私がその老人と同じ立場なら,手伝いの方に対して合掌して謝辞をあらわして,涙していたでしょう。
 日頃私は,現在の若者の批判を書いていますが,彼らを見ていると”まんざら日本も捨てたもじゃない”と感じさされました。

 私も妻が亡くなってから,ゴミ屋敷状態に化した自宅の居間と妻の部屋を49日までに片づけたいと,半分泣きながら片づけをしました。
 昼間にゴミ袋(45L)を沢山出すのは恥ずかしいので,夜8時を過ぎてから台車に乗せて何往復もゴミ集積場に運びました。
 我が家のゴミは,泥水で汚れたゴミではないので私は汚れませんでしたが,余りの量の多さに自分一人で片づけは出来ないと,途中から叔母さんに援助を依頼しました。

 ゴミ袋に入る物は自分で捨てられるのですが,大型の廃棄物は自宅のリホームの際に産廃業者に廃棄を依頼しました。
 私一人で生活して行くには不要であり,私が居なくなった場合に極力迷惑をかけないように妻のタンス類やミシンなども廃棄して,我が家は生活感の薄い家に変わりました。

 一応,断捨離は完了したのですが,妻の写真や小物類は廃棄できず未だに保管しています。
 当時の心境を以下のように短歌にしていました。

片付けが苦手な妻が残ししは多量のゴミと深き悲しみ
亡き妻が無駄に築きしゴミの山 先に旅立ちいかにする気か
夜が更けて毎晩ゴミを運び出す 盗人に似た吾情けなし

亡き妻の思い出写真どっさりと 君の歴史は整理が出来ぬ
2018年7月11日(水) 生活設計
 今日も睡眠の質が悪く8時間は寝たつもりですが,”非常に眠たい”のです。それでも,午前中に近所の内科医院で薬を処方して貰わないと昨日から服用していないので,朝食後に自転車で出かけました。この内科の医師は私が何を言っても「歳のせい。」と言う返事が来るので,聴診器だけけの診察は止めて4週間分の薬だけ貰いました。

 医院からの帰路で生活資金が底をついたので,銀行に行くことにしました。近所の郵便局でもお金の引き出しは出来るのですが,手数料がいる銀行なので支店まで行くようにしています。
 私はキャッシュカード半年分の生活費を引き出します。銀行に行くのが面倒くさく,現金が必要なのは医療費,スーパーでの買い物,散髪代ぐらいなので半年分の現金はカードで引き出せるのです。
 腎臓食用の食品や百貨店などの買い物はクレジットカード払いなのであまり現金は要らないのですが,厚生年金の支給額が少ない(早期退職のため)ので毎月預金の切り崩しで補充しています。因みに,男性の年金支給額は多くの人たちの平均で18~19万円となっています。

 私の経済観念が無く浪費家であったため,会社を早期退社したときに預金の少なさに驚きました。そこで,それまで家計をすべて妻に任せていたのを私が管理するようにしました。早期退社で年金が少ない分の生活費の補填を退職金と自社株の売却で行うことにして,平均寿命+α(当然妻の方が長い)で生活設計をシミュレーションしました。
 その結果,生活費を切りつめないと老後の生活は危ないと判断したのですが,妻は「成るようになる。」と至って気楽で,生活は変わらず挙げ句の果てに私をおいて旅立ちました。まさか,妻は自分の死期を知っており,その間に思いっきり人生を謳歌したのではと考えたくなりました。

 年金も,当初の支給予定額から5%程度減り(今後も減る・・・じゃないと日本崩壊),妻が亡くなってから住民税が必要となり,所得税や健康保険も介護保険も上がりました。そして,妻が亡くなってから急激に医療費(入院もしたし)が増えているのに,高額療養費制度の見直しにより,それまで8000円/月(住民税非課税)以上が控除されていたのに,昨年8月から14,000円以上からの控除となり,今年8月からはそれが18,000円に引き上げられます。一昨年からは,1万円もの引き上げとなりこの差は大きいです。
 今月は3万円程度の医療費となるのですが,以前なら2.2万円が返ってきていたのに痛いです。好き好んで病院に行っているわけではなく,安くても美味しいものをいっぱい食べたいのに。

 現役時代に,50歳ぐらいで社内教育において”老後の生活設計”の指導があり,預金の必要性を認識さされましたが,時既に遅しの感がありました。そして,一番難しいのが自分の寿命判断であり,私の場合は介護施設に入り病院で亡くなる予定なのですが,預金が無くなるまでに死なないと大変なことになります。
 妻が亡くなってからは,その年の内に自宅の整理やりホームを行い,電化製品や衣類の買い換え(痩せすぎによる)など出費が多かったのですが,3年が経過した今年からは自分の生活設計を建て直そうとしているのですが。
2018年7月10日(火) ”あにいもうと”に泣かされた
 昨夜は撮り溜めていたドラマの録画を観ました。それは山田洋次脚本×石井ふく子プロデュース  原作,兄と妹の複雑な情愛を描いた名作をドラマ”あにいもうと”なのでした。
 物語は【東京下町で昔ながらの叩き大工を営む赤座家。兄の伊之助(大泉洋)は、父であり棟梁である忍(笹野高史)の下、職人として日々暮らしている。妹の桃子(宮﨑あおい)は大型トラックの運転手として日本全国を渡り歩く毎日。この二人実に仲が良い。幼い頃から兄は年の離れた妹を我が娘のように可愛がり、妹は兄を父のように慕っていた。
 幸せな家族にある日予想もできない、ある出来事が起こる。それは妹・桃子の流産だった。相手の男の事を何も話さない桃子を問い詰める伊之助。結婚前の最愛の妹が流産をしてしまうなど耐えられないのだ。
 決して話そうとしない桃子に伊之助の感情は爆発する。思わず手を出してしまう伊之助。桃子もまた伊之助の腕に噛みつき、小学生のような取っ組み合いの兄妹喧嘩はやがて嵐のように一家を襲い。翌日、桃子は家を出て行ってしまう。
 赤座家に元の幸せな暮らしは戻って来るのか!笑いあり涙あり、ホームドラマの決定版!
】と紹介されており,もう6月25日に放送されています。

 結末としては,伊之助は高校時代の学友である子持ちの女性と結婚し,桃子は留学から帰ってきた元彼とよりを戻し結婚するハッピーエンドとなるのですが,大きな兄妹げんかをするものの家族愛にあふれた兄妹たちの行動を一人暮らしの私は羨ましくも感じて泣きまくりました。特に,桃子の結婚式の出席をめぐる伊之助の行動が一番泣かされました。
 妻を亡くしたときとは違う涙であり,”男はつらいよ”と同じように感じる人情物語に感動して涙が出たのです。是非,一見の価値があるドラマだと思いました。

 ドラマを見終わって,ホッコリした気持ちになったのですが3歳年下の私の弟の結婚式の時を思い出しました。弟は私より3年ほど早く結婚しました。結婚式場で,私の弟でありまだ子供だと思っていた弟が三三九度を行っている姿を見ると,なぜだか目頭が熱くなり涙がこぼれてきたのが蘇ってきたのです。この,心境を理解してもらえるでしょうか。
 その弟は,息子2人に孫2人が出来て,妻と仲良く過ごしています。一方,私は妻に先立たれ子供もいない一人ぽっちなのです。せめて,子供や孫がいれば,私の無気力感はこれほど酷くならなかったでしょう。

 室生犀星の有名な詩で私が好きなのは,
 ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの
 よしや うらぶれて異土の乞食となるとても
 帰るところにあるまじや ひとり都のゆふぐれにふるさとおもひ涙ぐむ
 そのこころもて 遠きみやこにかへらばや
 遠きみやこにかへらばや


 今日は昨夜のドラマのせいか精神状態が安定しており,3週間ぶりにプールに出かけることにしました。今日は引き籠もり老人ではありません。
 スポーツジムではプールに入る前に体重を量ると58.6kgとなっており,起床時に測定した58.4kgより200g増えているのは,朝食と昼食のせい?なお,今日の昼食は面倒がらず桃川を剥いて,カロリー増強用の粉飴ゼリーと食べました。空腹感がないので,こんなものです。

 プールではいつもと全く同じスケジュールをこなし,帰路で整形外科医院によって帰宅しました。なお,スポーツジムでと一緒にフラダンスをしていた女性に出会いましたが,私に気づかなかったのか無視されました。妻の友達ですから,私とは関係がないのですが妻が私のことを教えたようです。
 でも,妻が亡くなり3年もたつと妻も忘れられ,その夫である私もただの老人なのでしょう。スポーツジムでは無愛想な私に会釈をしてくれる人も殆どいません。
2018年7月9日(月) ものすごい無気力
 今日も9時過ぎに起床して朝食をとりました。朝食のメニューは決まっており,準備に時間はかからないのですが食べるのが面倒くさくなってきました。それでも,食べないと余計に栄養失調が進むので無理をして食べています。なお,メニューはトースターで食パンを焼き無塩バターとジャムをたっぷり塗ります。飲み物はエネルギー増強用の粉飴(甘くない)を入れたブラックコーヒーです。それ以外に小さなヨーグルトと缶入りの果物(桃,ミカン,パイナップルのどれか)を少し食べます。
 
 今日は服用薬が無くなったので午前中に近所の内科医院に自転車で行くつもりでしたが,面倒くさく眠いので”暫く服用を止めても命に関わらない”と行くのを止めてテレビを観ながら居眠りが始まりました。居眠りばかりで,やっと起床できたのは13時半を過ぎていました。
 寝てばかりなので空腹感はなく,昼食を食べるのが面倒くさいのですがエネルギー補給のために腎臓食用の冷凍豚まんを電子レンジで温めて食べました。なお,桃が冷蔵に入っているのですが,皮を剥いて(熱湯の中に入れて,皮を剥きやすくする),包丁で切るのが面倒くさく止めました。

 何かのために,誰かのためにと生きていく目標が無くなれば,”ものすごい無気力”となり食事する気力もなくなるのです。これが,もっと進行すると食事を摂らなくなり,寝てばかりなので動けなくなり,餓死するのでしょうか。孤独死のパターンの1種ですね。
 これまで,これほどの無気力感は経験したことが無く,危険な精神状態かも。この症状は,精神安定剤でも治らないでしょう。

 無気力で泣き言を言っていても誰も助けてくれないので,16時前に食料が底をついてきたため何日ぶりか忘れましたが自転車でスーパーに出かけました。
 妻が亡くなった直後には,2日に1回はスーパーに買い物に出かけていましたが,最近非常に出かけるのも面倒になりました。スーパーでは妻に供えるために花(妻に飾っている生花は,これまで経験したことがないほど枯れている。)や果物を購入です。
 多少は料理するので白菜,大根,ミックスサラダ,豚肉(105g)を購入ですが高いのか安いのか判断できず,考える気もしません。朝食用の食パンとヨーグルト,そして果物の缶詰を沢山購入です。また,一人暮らしなので殆ど減らないトイレットペパー(ダブルで香りがついた価格の一番高い品)4個入りも購入です。

 そして,今夜はエビ玉丼を作ってやろうと,久しぶりにころもでエビの大きさをごまかした?天ぷら1個と,大きなかき揚げ,4個入りの玉子を購入しました。でも,エビ天のころもは殆ど捨て,かき揚げも半分以上捨てます。何故スーパーの天ぷらはころもが多く,かき揚げ,カボチャ,タマネギ,サツマイモはあんなに大きいのでしょうか。
 現役時代,目の前で揚げてくれる天ぷら屋のころもの薄いエビ天や上品な大きさの野菜が懐かしいです。老人には,サツマイモの天ぷら1個を食べただけで満腹です。
2018年7月8日(日) 蓮の撮影に行きたかったが
 このところ引き籠もりが続いており,精神的に沈んだままなので久しぶりに長居植物園の蓮を撮影に行こうと考えました。昨夜の天気予報では,午前中は曇りで昼から雨マークが付いていたので撮影には最適で傘を持って出かけるつもりでした。
 重たい撮影機材は嫌なので,カメラはEOS6Dとレンズは70-200mmだけなのでショルダーバッグに入れていこうと用意しました。このカメラは24-70mmレンズとのセットで,妻が亡くなって2ヶ月ほどで購入したものでした。

 妻にすい臓がんが見つかる年である2014年10月末(妻は12月末に余命3ヶ月の宣告をされました。)には,経済的に悩み抜いた末に野鳥撮影用にカメラ:EOS7DMarkⅡを20万円で購入しましたが,その時代の妻はフラダンス仲間とハワイに行ったり,20~30万円もする服を自由に買っていました。
 買い物依存症経済感覚がなかったのです。年金だけの生活家庭とは考えられない,見栄だけの生活でした。
 しかし,私も妻が2015年3月末に亡くなって,たがが外れたかのようにカメラ(35万円)を購入したりブランド品の衣類を購入したりと経済感覚が麻痺していました。でも,現在は買い物をする意欲もなくなってしまいましたが。

 今日は蓮の花の撮影に行くために8時過ぎに起床しました。表を見てみると天気予報に反して晴れており,気温が高くなりそうなのと湿度が高く蒸し暑いのです。花の撮影は曇り日が良く,腎不全の私は暑く蒸し暑い日の外出で汗をかくことは体に良くないので撮影は中止することにしました。
 そして,今日も眠くてたまらないので寝てばかりとなりました。スーパーに買い物に行く気力もなく,引き籠もり老人状態は続いています。
2018年7月7日(土) 寂しいのかな
 昨夜は23時過ぎに枕元の携帯の呼び出し音が鳴りました。夜遅く鳴る電話音は,嫌な知らせが多いのです。が亡くなったときに,病院から連絡が入ったのも24時過ぎでしたし,妻の入院していた病院から呼び出し電話が入るかもと,ビクビクしていたのも深夜でした。
 携帯の画面を見ると,私より5歳以上年下の野鳥友達からでした。電話の内容は「大阪に大雨の特別警報がでた。」,「近所を消防署の車が【高台に避難してください】と放送している。」,「大和川が氾濫するももしれん。」,「スマホにもバンバン警報が入る。」と私に話すのです。ちょうどその時に私はNHKの大雨関係のニュースを見ていましたが,大阪市にそのような警報は出ておらず不審に思いました。

 彼は大阪市内の,我が家より南の方に住んでおり雨は少ないはずなのです。私は非常識な時間偽情報の電話を入れてくる彼を怒鳴ってやろうかと思いました。
 人との交流が下手な私の交友関係は大学時代,現役時代を通じて論理的に物事を考えて話す人が殆どでしたが,野鳥撮影を始めてから多少いろんな人と話すようになり,”世の中にはいろんな考えの人がいるもんだ”と知るようになりました。
 特に野鳥撮影をしている人は,私の長い人間経験?の歴史から”変わった人”が多いと感じていました。ただ,それらの人たちから見れば,私が変人だったのでしょうネ。特に,電話を入れてきた彼は以前から誇張話が多く話半分にしか信用していませんでしたが,最近その誇張が酷くなったと感じていました。オオカミ少年では,オオカミ老人?かもと。

 私は怒ってやろうかと考えましたが,少し相手の立場になり”なぜこのような時間に,このような電話を入れてきたのか”を考えると寂しくて話し相手が欲しく私の注意を引くための電話ではと考えました。
 彼も一人暮らしの老人であり,この長雨で外出も出来なく,テレビでは災害情報ばかり流しているので人恋しなり,寂しいから電話してきたのだと考えて上げるようにし10分ほど話し相手をしました。
 でも,彼の一人暮らしは結婚もしないからの一人なので,私のような妻の死別とは寂しさに大差があります。老人になるまで独身でいたのは,自分の意志であり寂しいのはある意味”自業自得”とも言えると思います。
 私も”死別”ではなく,どのような理由であれ”離別”の方が同じ一人暮らしでも寂しさのレベルが違います。どこかで生きてきたら「今頃,何をしているのだろう。」と考えることが出来るのです。

 今日は朝からずっと雨が降っており,睡眠の質が悪かったので1日中殆ど寝ていました。今日は七夕であり,晴れていたら妻と逢えたかもしれなかったのです。

”逢いたい”の願いを込めて短冊に書くや4年目七夕の夜・・・短冊は虚構
”逢いたい”の願いを記する短冊が夜風に揺れて笹の香りす・・・・”逢いたい”以外は虚構
悲しみに耐えて偲びし七夕に逢瀬叶うか愛しき妻と
 今夜は残念ながら雨が降っており,妻と逢うことは出来ません。
2018年7月6日(金) ひつこい雨
 この2日間の寝不足が原因なのか今日は眠くて起床できず,9時間眠ってやっと朝食をとりました。しかし,まだ眠くて昼前寝を2時間して13時過ぎに無理に起床です。仕事をしている夢に戻って,睡眠の質が悪いので何時間寝ても眠いのです。

 何もする気が起こらず,寝ころんでテレビばかり観ていると”大雨による洪水情報”だらけです。本当にひつこい雨で,外出する気もないのですが精神的に暗くなるのです。
 私には,雨が降ろうが槍が降ろうが,そんなの関係ないのですがネ。
 本当に何か楽しみを見つけないと,ガラスのような繊細な神経は割れて壊れそうです。
 寂しがりの私には,は絶対に必要だったのです。

 フランク永井の”おまえに”の歌詞が,つくづく身にしみます。
 そばにいてくれる だけでいい
 黙っていても いいんだよ
 僕のほころび ぬえるのは


 おまえのほかに だれもない
 そばにいてくれる だけでいい


 今日も16:05に雨の中を,傘を差して整形外科医院に出かけました。さすがに雨の日は,足下が悪いので私より年寄りの人は少なく番号札は8番でした。
 そして,膝へのヒアルロンサン注射(やはり,昨日の増血剤の注射より痛かった。親戚の医師は「注射針が太いからです。」と言いますが,注射後の痛さが長いのです。),腰へのトリガー注射をうってリハビリ後に帰宅しました。
 病院通いの外出がないと,私は孤独な引き籠もり老人になってしまいます。

 あるアンケートによると,”孤独感”は一人暮らしの老人よりも,若者が多いと言っていますが,子供もいなく目に見えて体力の低下を感じる一人暮らしの老人(特に配偶者に先立たれた)の方が孤独ですよ。その当人が,日々訴えていますから間違いはないのです。

人は皆共に支えて生きていく 支えの妻のなき吾こけた    ””この文字は,共に支え合っている姿が人であることを表しているのです。

2018年7月5日(木) また悪くなっていて,落ち込む
 昨夜は録画しておいた”ボクの妻と結婚してください”と言う映画を見ました。内容的には全く知らず,タイトルから”コメディ”かなと軽い気持ちで番組を見ましたが,予想に反して重い映画でした。そして,すい臓がん余命宣告という妻との共通点もあり,泣けてきました。年齢のせいでも涙腺が緩んでいるのに,いくら作り話だとは判っていても,主人公やその奥さんの気持ちに填り込んで沢山泣かして貰いました。

 映画の筋書きは,以下のようだったと自分の主観も入れて書きます。
 【数多くのレギュラーを抱え,忙しい毎日を送るバラエティ番組の放送作家の主人公は,体に異変を感じて検査を受けるが,その結果は余命わずか6カ月の末期のすい臓がんという信じがたいものだった。
 放送作家として,世の中のさまざまなこと「楽しい」に変えて来た主人公は,自分がいなくなったあとも,妻が前を向いて生きていけるようにと,ある企画を思いつくのでした。それは,自分が死んだ後の妻に新たな結婚相手を探すことだったのです。
 妻に病気のことを言わず離婚届を書くようにし向けたり,芝居の浮気現場を妻に見せかけたりしますが,不審に思った妻に”
余命6ヶ月”であることを悟られるのです。
 主人公は自分が亡くなった後の,最適な再婚相手を見つけ,妻に見合いをさせ二人の結婚式を開くのでした。やがて,主人公は病魔に勝てず奥さんのそばで他界します。
 一番最後のシーンは奥さんと,その息子が二人で食事をするシーンでした。その席には,再婚相手はいなく結婚式は夫を安心させるための”芝居だった”のです。これからは,息子が母を守りながら生きていくという話でした。


 通常の社会では考えられない,自分の死に対する準備がよすぎる物語で,お涙ちょうだいの作り事なのですが,泣きながら最後まで見ました。普通の男はこんなに強くないでしょう。私が同じ立場になったら,残された妻への伝達はすべて行うが,死の恐怖から妻に「側にいてほしい。」と懇願して涙を零しまくっていると思います。
 甲状腺がんで亡くなった私の大学時代の親友は,私より強い人間だと思っていたのですが,自分の余命を知り死期が近くなると奥さんに「病室にいて欲しいと。」と一人での旅立ちを寂しがり,奥さんは病院に泊まり込んで親友を看取ったとのことでした。

 一方,強かった私の妻は,私に「一緒にいて欲しい。」とは決して言いませんでした。そして,自分の死に対して泣き叫ぶこともなく,妻は私が自宅から病室に行くのを待って,最後は私の呼びかけに反応して私を見つめたままで他界したのでした。
 私は人が亡くなる瞬間に立ち会ったのは初めてであり,その初めてが自分が手を握ったままの妻の死だったのです。

 この話は映画のような作り話でなく,日々に書いていた”気まぐれ日記”の2015年3月31日に真実を書いています。なお,映画では,一番涙を誘う悲しい妻と夫の別れ(臨終)のシーンはなく,側で眠っていた夫が亡くなっていて,それを気づいた奥さんの悲しみの表情だけで終わりました。
 そして,この映画の筋書きが判っていたら観なかったのにと,妻を思い出して可哀想で・悲しくなることはなかったと思います。

 今日は10:00から総合医療センター腎臓内科の診察日なので,目覚ましを7:30にセットしました。私にとっては,非常に早朝なのです。そして,昨日同様に起床せねばのプレッシャーから6時過ぎに目覚めてしまいました。昨夜の就寝は午前0時半ぐらいだったので寝不足です。
 もっと寝ようとすると,ますます眠られなくなるのでとうとう7時前に起床してしまいました。
 朝食後に,今日は時間的に正確で早い地下鉄で病院に行こうと考えていたのですが,早く起床してしまったので8時過ぎに自宅を出てバスで行くことにしました。
 今朝も雨が降っており,自宅からバス停までは5分足らずですが,地下鉄の駅まで20分歩くのが嫌になったのです。

 9時半前に総合医療センターに到着して受付を済ますと,9:45に診察室に呼ばれました。先ず,血圧測定は低いぐらいであり問題なしなのですが,血液検査の結果で腎不全の数値がまた悪くなっていました。塩分もかなり頑張って許容値6gに対して多くても4g以下に減らしているのに効果が無く,タンパク量やエネルギーが少なすぎるかもしれませんが,料理の出来ない私にはもう無理です。
 自分で諦めてしまったら,苦しまず妻がお迎えに来てくれるのなら,それはそれで”幸せだ!”と思うようになっていますが,どのように苦しんで死期を迎えるのかが不安なのです。理想のピンコロはどのようにしたら手にすることが出来るのでしょうか。
 とりあえず,腎臓の数値を下げる対策として利尿剤の量を半分にして様子を見ることとし,栄養失調からくる貧血も治らないので今日も増血剤の注射をすることにしました。

 診察を終えて,増血剤の注射のため処置室に行くと看護士から「痛い注射です。」,「皆さんが,そのように言われますと。」と脅され?ます。いや,注意を貰います。
 でも,私は「これまで2回,その注射をしていて,特別痛いと感じなかった。」,「膝へのヒアルロンサン注射の方がずっと痛い。」と答えましたが,今日の注射は打って暫くしてからかなり痛くなってきました。
 強がりを言った関係から,私は何もなかったように処置室をでて,部屋を出てから「痛い!」と顔をしかめました。これが私のプライドです。

 医療センターで会計をしている間に,5階のコンビニで足の浮腫防止用の弾性ストッキングの予備を買いに行きました。3,240円です。そして,会計では5,000円近くの支払いでした。血液検査と増血剤の注射が高価なようです。
 病院を出て,次は5月に病院の近くで開業された泌尿器科に行きました。医師は親戚なので,本音で何でも話が出来ます。医師からは,「血液検査の結果に一喜一憂されない方が良いですよ。」,「疲れがとれなく,しんどくてたまらないと言うことはないのでしょう。」と腎不全に対して慰めを言われました。

 最後に薬局によって,薬を貰うと4週間分で1万円ほどの支払いとなりました。今日だけで,私の医療費は2万円近くなりましたが,妻の抗ガン剤を貰っていたときには1週間分で軽く1万円を超えていました。

 12時前に自宅に帰りましたが,検査結果が良くなかったので心が沈んだままです。そして,寝不足なので昼食後に,ベッドで横になりました。
2018年7月4日(水) 天候もおかしい
 いつもは目が覚めた時間が起床時間ですが,今日は総合医療センター事前採血を行い,その帰路で理髪店によって,スーパーによって帰る予定を考えました。そこで携帯の目覚ましを9:30(決して早くない)にセットして,昨夜は午前1時半に就寝しました。
 そして,6時半頃2回目のトイレに行ったのですが,いつもなら直ぐに眠れるのに今日は決まった時間に起床しなければならないと言うプレッシャーからなのか悶々として寝付けず,結局8時半過ぎに起きてしまいました。
 何も目標のない毎日を,自然のままに過ごしていると精神状態もプレッシャーに弱くなってしまうのでしょうか。

 眠たいのでぐずぐずしており自宅を10時過ぎに出ました。小雨が降っていたので,いつものが使っていた派手な花柄の傘を差してバス停に向かいましたが,急に風が強くなり雨脚も強くなったのでズボンまで濡れてしまいました。そして,バスに30分ほど乗車して医療センターに着く頃には晴れ間も覗いていました。早々と台風がきたり,九州や北海道で記録的な大雨となったりで,私の体調だけでなく天候もおかしいです。
 ここ数日,からっと晴れた日が無くムシムシと暑い日が続いていますが,これは日曜日まで続くそうです。因みに,今日の大阪は10日ぶりに30℃以下となり,真夏日では無くなりましたが。

 11時前の医療センターの採血室は天候が原因とは思いませんが空いていて,受付を済ますと直ぐに名前を呼ばれました。この病院は妻が亡くなった病院で,この採血室では”妻も採血をしていた”のだといつも思い出します。採血待ちで,妻が座っていた椅子には私はまだ座る気持ちになれず,気分はいつも沈んでしまいます。
 子供の頃から注射が嫌いなのですが,最近は腰,膝への注射を含めて”怖いこと”だらけです。絶対注射になれることはありませんが,膝への注射と比較して採血は痛さがましなので我慢です。

 12時前に自宅の最寄り駅のバス停で降り,理髪店に予約電話を入れると12時半頃来てほしいとのことで一旦帰宅しました。
 帰宅後に駅前の理髪店までは徒歩10分程度です。先週,散髪をするつもりだったのですが店が休んでいたので理由を聞いてみると,店主が総合医療センターに1週間入院していたそうです。その人も腎不全であり腹膜透析を行っていますが,腹膜炎となったので緊急入院したそうです。いずれにしても,透析は避けたいですね。
 散髪が終わり,スーパーによりましたが今日は自転車ではないので,最低限度の買い物を行い帰宅しました。筋肉まで痩せてしまったので,重い荷物を持って歩くのが辛くなったのです。
 野鳥撮影で,重たい撮影機材を担いで歩いていた私は消えてしまいました。”昔の光,今いずこ”ですね。
2018年7月3日(火) 少し進歩が
 昨夜は午前1時過ぎに就寝しました。朝8時半前に起床して,ワールドカップで日本が負けたのを知り”試合を見なくてよかった!”と感じました。2:0で勝っていたのにアディショナルタイムで得点を入れられ負けたのですね。もし,試合を見ていたら悔しくて眠れなかったでしょう。

 今朝も睡眠の質が悪く,眠たくておまけに頭痛までしています。蒸し暑いのが嫌いで,エアコンの設定温度を28.5℃として夜通しエアコンを入れて妻のダウンケットを着て寝ているのですが,昨夜は暑くてパジャマの襟が濡れていました。どこか異常なのでしょう。
 今日は火曜日でありプールに行く日なのですが,頭痛に伴う体調不良(いつも,何かの理由をつける)で取りやめることにしました。蒸し暑い中に出かけるのが面倒くさいのが,一番大きな原因かもしれません。

 昼からは,昨日機種変更したガラケイにどのような新機能があるのか取説を読むことにしました。私のガラケイは通話がメインであり,それ以外はカレンダーに予定を入れるのと目覚まし代わりのアラーム機能があれば十分なのです。
 箱に入っていた取説を取り出すと,文字が小さすぎて”めがね(老眼鏡)”をかけても読めないのです。昨日はパソコンで悩んだので,ガラケイぐらいは取説が無くても設定できるだろうと挑戦しました。

 今回のガラケイの新機能は,電話帳から指定(100件まで)しておくと,相手の名前をガラケイに向かって呼ぶだけで電話をかけることができるのです。スマホでは出来ないのでは・・・あまり知りませんが。また,ガラケイでもWiFi接続が出来るようになっており,接続してみましたが画面が小さすぎてスマホの方が圧倒的に便利ですね。
 でも,ガラパゴス携帯と蔑まれたガラケイでも,少し進歩をしていました。私も,それにつられて少し進歩したのでしょうか。劣化ばかりだと,本当に生きていく気力が無くなります。

 今日は区役所保険年金業務担当から”特定検診”について電話がありました。4月に受診票が送付されてきたのですが,私はそれ以上の検査をしているので「行いません。」と返事しましたが,電話は健康状態(安否?)の確認もあるようでした。
 今日も16時過ぎから整形外科医院に行き,明日は総合医療センターでの事前採血,明後日は腎臓内科泌尿器科の診察があります。そして,金曜日には整形外科医院で膝へのヒアルロンサンと腰へのトリガー注射の予定となっています。
 今週も病院通いが多いのです。これが老人の生活であり,通院が引きこもり防止?
2018年7月2日(月) 久しぶりに悩んだ
 昨日は昼からずっと気になっていた,WORDIMEATOK2017が使用できない件を解決しようとパソコンをいじることにことにしました。一部ソフトの入れ替えを行うので,動作がおかしくなったら困るためシステム修復ができるように”復元ポイント”を作成しました。そして,念のためにシステム領域のバックアップを実施しました。
 システム領域はCドライブであり,SDDの128GBを使用して使用率は50%程度なので短時間で終わるだろうとバックアップコピーを行わせました。しかし,65GB程度のバックアップの作成なのに遅々として進行しません。もう,パソコンに任せて放置する以外手はありません。ちなみにOSはWindows8.1であり,問題が多いWindows10には変更するつもりはありません。

 14時過ぎに野鳥友達VHSのビデオテープ(私の子供の頃の8mmフィルムをVHSにしてもらったり,趣味のテープ)をDVDにコピー(エンコーダでをテープのアナログをDVD用のディジタル画像に変換して貰う)を依頼していたので,それを取りに来られました。
 今年初めての本格的な来客なので居間にあがって貰い2時間半ほど世間話をしました。その方は16時半過ぎに帰られたのですが,パソコンはまだバックアップ中で何もできません。

 パソコンを触れないので,風呂を沸かし17時に入浴し,バックアップ終了を待って18時前に新しいソフトをインストールしました。すると,WORDでATOK2017が使用できるようになったのですが,他に大きな問題が発生して直そうと悩みましたが私の実力では無理でした。
 そこで,ギブアップして作成しておいたシステムの復元ポイント(新しいソフトのインストール前の状態)に戻すことにしました。そして,システムの復元プログラムが終了したのでパソコン画面を確認すると,一見元に戻った状態に思えました。
 確認のため,WORDのアイコンをクリックするとEXCELが立ち上がってしまうのです。他のPhtoshopなどのアイコンも表示と立ち上がるアプリがずれてしまっているのです。ランチャーが壊れてしまったようで,20年以上Windowsを使用していますが,このような現象は初めてで修復に悩みました。久しぶりにパソコンのトラブルに填り込んでしまい,やっと修復できたのは22時前になってしまいました。
 そのために,”気まぐれ日記”の作成はできませんでした。

 今日も昼からWORDでATOK2017を使用する方法を検討しましたが,案が見つかりません。Windows8.1のMS-IMEは”アホ”なので使用する気が起こらず,なんとか日本人が作ったIMEであるATOKを使用したく最新ヴァージョンのATOK2017を購入したのですが,使用しているWORDが2000年ヴァージョンなので使用できないのです。
 現役時代から使用していた古いアプリすぎますが,使用頻度から考えて最新版は高価で購入できないのです。

 Windows8.1ではATOK12が使用できないので諦めていたのですが,古いソフトを探していたらATOK15(これも古く2002年)が見つかったので駄目もとでインストールしてみたらWORDで使用できたので,渋々ですがこれを使用することにしました。ATOK2017は無駄になってしまいましたが,アホなMS-IMEとはおさらばです。
 それにして,年々頭の回転が遅くなってきており,70代になってする作業ではありませんね。もう,根気がなくなったのです。

 14時となったので,携帯電話(ガラケイ)の機種変更をするためにAUショップAQUOS K(シャープ)のグリーンの在庫を確認すると”ある”とのことだったので自転車で出かけることにしました。現在使用している携帯は妻が亡くなった約2ヶ月後の2015年5月29日に,妻の携帯の解約と機種変更を行ったのですが電池の容量が減ってきたので機種変更をしたかったのです。なお,解約した妻の携帯には,妻の画像と私とのメールのやりとりの記録が残っているので,充電して保管しています。

 今年5月に機種変更のためにAUショップを訪ねたら「37ヶ月以上携帯を使用して貰ったら1万円引き」と言われたので7月に入って出直したのです。
 新しい機種の連続通話時間は約810分(13.5時間)で連続待ち受け時間は約620時間(約26日)と電池の持ちがスマホと比較して圧倒的に長いので,長電話充電の手間が嫌いな私には向いています。
 なお,現在ほとんど使用しない私のスマホの充電は2日に1回であり,あまり頻繁に充電をするとリチュウム電池(電解電池)の寿命が短くなるの嫌いです。

 機種料金は1万円引きとなったので,一括払い(32,400円・・・消費税込み)を行い通話でしか使用しないので”かけ放題”として月額1,776円となりました。スマホと違ってガラケイは時代の進歩に取り残された携帯であり,新しい機能は無いとは思いますが取説を読んでみないと。そして,先ず画面の文字を大きくして,音量も大きくして老人向けにカスタマイズする必要があります。